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黒部の山賊 カワウソ、、、

黒部の山賊 カワウソ、、、

理事長の吉田です。初めての試みです。信州の水に関する本の紹介です。会員の皆様からも、意見などもどしどしおのせ下さい。

 1801_01.jpg

「定本  黒部の山賊」伊藤正一(山と渓谷社)2014

黒部の源流は昭和年代人の手の入らぬ所として話題にあがっていました。私はこの地には一度も入ったことがありません。縁あって、黒部川の河口域の生地に小さな家を持ちました。時折、海釣りに出かけ、日本海側から黒部の山々(立山連峰)の雄姿を見ています。

 黒部の源流に入るには、信州側からは大町方面から濁小屋を経て、ブナ立尾根から烏帽子小屋に出る。三の岳、野口五郎岳、赤岳、鷲羽岳を越えて行く。もう一つの道は、上高地から槍ヶ岳、西鎌尾根を経て樅沢岳、双六岳を通って行く。富山県側からは、有峰か、薬師を通って4日間かけて、三俣蓮華小屋(今の三俣山荘)のアルプス最奥の小屋にたどり着く。ここが、黒部川の源流の出入り口にあたっていた。

ところで、三俣蓮華小屋は、今までの持主が戦死し、諸般の事情により伊藤正一氏が購入したが、その頃、山に山賊がいるという噂がたっていた。どうやら、大町のさる漁師達が小屋を使っていた。「山賊」の話はさておいて、黒部川の源流というと「イワナの宝庫」としてあこがれの場所である。その小屋の持ち主伊藤氏が、その生活の中で、昭和35年8月に黒部川の源流の河原の砂上に、「三本指の足跡」を見つけた。当時、山賊達が「カッパの足跡」と呼んでいた。水際の砂上に「三本指」の足跡があり、大きさとしてはカモシカぐらい。しかし、カモシカは2本指。さて、「何か?」。カッパの正体はカワウソ?近くの岩の上には多数の散乱したイワナの残骸があった。しかし、カワウソは昭和58年(1983)に高知県沿岸部で死体が確認されて以来、その生息はありません。現在では、野生絶滅種に指定されています。信州でのカワウソの記録については、1900年初代初めまで各地に生息していた記録がある。近年、大町山岳博物館の「山と博物館」第57巻10号に河合(2012)が、明治15年(1882)にアメリカ人のジュ-イ(Piero Louis Jouy)によって大町市近くの湖で捕獲されたカワウソの頭骨の骨格標本が米国のスミソニアン博物館にあることを報告している(𠮷田・2013)。カワウソはイタチ科の哺乳類で、頭胴長70cm,尾長45cmで、河川の中流域から沿岸部に生息し、魚やカニなどをたべる。陸上のネズミや鳥なども食べる。土中に穴を掘りそこで繁殖する。

 「三本指の足跡」の正体は一体何でしょう?大きさが小さければ、現在では渓流に生息する「カワネズミ」が考えられますが、足跡はマッチ棒くらいのおおきさなのでは、ちがいますね。書中では、「カワウソ」といってますが?

1801_02.jpg

「日本動物大百科、平凡社」より画像をお借りしました。

ニホンカワウソの写真はとても少ないそうです。

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